top of page
検索

障害者権利条約と精神障害者の自由

  • 精神科の包括ケア
  • 4月1日
  • 読了時間: 7分

障害者権利条約

「障害者権利条約」という言葉を耳にしたことはありませんか?


日本は2007年にこの条約に署名し、2014年にこの条約を批准しましたが、2022年に国連障害者権利委員会は、「日本の対応は条約の基準に達していない」と厳しく指摘しました。特に議論の中心となっているのが、精神障害者の権利擁護です。


この記事では、障害者権利条約の基本や、日本の精神医療の問題、医療保護入院の問題について解説します。


  1. そもそも「障害者権利条約」とは?


障害者権利条約(正式名称:障害者の権利に関する条約)は、2006年に国連で採択された国際条約です。障害者権利条約は、障害者の人権や基本的自由、人としての尊厳を守るために国がすべきことを決めています。


障害者権利条約を作るための話し合いでは、障害者団体も参加することができました。この時のスローガンは「Nothing About Us Without Us」です。和訳すると「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」となります。これは、障害者に関する政策や決定には、必ず当事者が参加すべきであるという原則を示しています。


また、この条約では障害の社会モデルという考え方が反映されています。これは、障害は社会が作り出すという考え方です。


  •  医学モデル:障害は個人の心身の機能の問題であり、治療や訓練で治すべきもの。

  •  社会モデル:障害は「社会的障壁(バリア)」によって生まれるもので環境の要因を重くとらえる考え方。障害を改善するには個人でなく社会が変わる必要がある。


  1. なぜ「精神障害者の権利擁護」が焦点なのか?


日本において、身体障害や知的障害への支援が進む一方で、長らく置き去りにされてきたと言われるのが「精神障害者の権利」です。


日本は、人口あたりの精神科ベッド数が世界で突出して多い国で、他の国よりも多くの方が精神科病院に長期入院しています。何年も入院しているかたも珍しくありません。精神科病院に入院する患者さんのうちの多くは退院する自由がありません。退院したいのに退院させてもらえない人がたくさんいるのです。これは権利や自由を奪われた状態です。


  1. 身体拘束の問題


さらに深刻なのが、入院中の患者さんの身体をベッドに縛り付ける「身体拘束」の問題です。身体拘束は精神的に非常につらいもので、肺塞栓症などの致命的な問題を引き起こすリスクもあります。


「なぜ精神科病院の現場では、非人道的と言われる身体拘束を行うのか?」と疑問に思う人もいるかもしれません。決して医療スタッフたちが好んで行っているわけではなく、そこには日本の精神医療特有の構造的なジレンマがあります。精神科医や医療関係者が挙げる主な理由は以下の3点です。


① 精神科病院の特例


最大の要因と言われるのが、精神科病院だけに適用される配置基準の問題です。一般の病院に比べて、精神科病院は「医師は3分の1、看護師は3分の2」の人数でよいという特例が国によって認められています。この基準によって普通の病院よりも少ないスタッフで患者さんを診なければなりません。興奮している患者さんの対応では、身体拘束が無い場合、安全確保のため多くのスタッフが集まって対応する必要がありますが、それだけの人数の余裕がないため、「安全確保のためのやむを得ない手段」として身体拘束が選択されやすい現状があります。


② 患者の「高齢化」と転倒リスク


近年、精神科に入院する患者さんの多くが高齢者です。足元がおぼつかない高齢患者さんが転倒して骨折するのを防ぐため、あるいは点滴を自分で抜いてしまうのを防ぐため、といった「身体的安全管理」を理由にした拘束が増えています。


③ 「訴訟リスク」への恐れ


「拘束せずに自由にさせて、もし患者さんが転んで骨折したり、他の患者さんに怪我をさせたりしたら、病院の責任になるのではないか」という不安です。「何かあった時の責任」を恐れるあまり、防衛的な医療として身体拘束が選ばれてしまう側面も指摘されています。


  1. 精神科病院の重要キーワード


こうした背景に加え、制度上の課題もあります。ここでは精神科病院の制度上の問題として特に重要な2つのキーワードを解説します。


① 医療保護入院(いりょうほごにゅういん)


本人が入院を拒否していても、家族等の同意と精神保健指定医(医師)の判断があれば、強制的に入院させることができる制度です。


なぜ医療保護入院が問題なのかというと、これが事実上「家族の同意」だけで本人の自由を奪えてしまう構造だからです。家族が医師に入院を要請した場合、ほとんどの医師は断りません。この構造があるから、家族間のトラブルで医療保護入院を利用されたり、家族に過度な責任を負わせたりする側面があります。国連はこれを「障害を理由とした強制的な自由の剥奪」であり、条約違反だと指摘しています。


② 社会的入院(しゃかいてきにゅういん)


社会的入院とは、病気の症状自体は落ち着いており、医学的には入院の必要がないにもかかわらず、退院後の受け皿(住む場所や支援体制)がないために、病院に住み続けざるを得ない状態のことです。


今の日本には、社会的入院で長く精神科病院から出られない人がたくさんいます。これにより長期間(時には数十年)にわたって地域社会から切り離されてしまいます。本来は人間は住む場所を自由に選ぶことができるはずであり、「居住・移転の自由」は日本国憲法でも保障されています。しかし、精神科病院に入院している人の多くは、「居住・移転の自由」を奪われてしまっています。これは大変な人権侵害です。


  1. 国連から日本への「勧告」の内容


こうした現状を受け、2022年に国連の「障害者権利委員会」は、日本政府に対して改善勧告を出しました。


主な指摘ポイントは以下の通りです。


① 強制入院(医療保護入院)の廃止


国連は、前述した「医療保護入院」を含む、本人の意思に反する入院制度を廃止するよう強く求めました。


② 身体拘束等の廃止


身体拘束や隔離についても、廃止に向けた具体的な措置を求めています。


③ インクルーシブ教育の推進


精神医療だけでなく、教育についても厳しい指摘がありました。特別支援学校や特別支援学級に分けて教育を行う現状を懸念し、「分離された教育」をやめ、質の高いインクルーシブ教育(共に学ぶ教育)への転換を勧告しています。


  1. 「精神保健福祉法」の改正


2022年9月の国連勧告の直後、同年12月に「改正精神保健福祉法」が成立し、2024年4月から施行されています。しかし、この改正は「一歩前進だが、国連が求めたレベルには達していない」と言われています。


改正のポイント①:「入院者訪問支援事業」の創設


これまで閉鎖的だった精神科病院に、外部の支援員(アドボケイト)を派遣し、患者さんの話を聞く制度が作られました。患者さんの権利擁護を進める第一歩です。


改正のポイント②:虐待防止の義務化


病院内での虐待を発見した場合の通報が、法律上の「義務」になり、通報者への不利益な扱いも禁止されました。


改正のポイント③:医療保護入院期間の短縮(定期報告)


入院の更新期間を短縮し(12ヶ月→6ヶ月など)、漫然と入院が長期化することを防ぐ審査が厳しくなりました。


  1. なぜ改正が「不十分」と言われるのか?


これらの改正は確かに改善ではありますが、障害者団体や国連からは「核心部分が変わっていない」という厳しい声が上がっています。


最大の争点:「強制入院」は廃止されなかった


国連の勧告は「医療保護入院を含む、すべての強制入院制度を廃止せよ」というものでした。しかし、今回の法改正では、医療保護入院の「廃止」は見送られ、制度自体は存続しています。 国連の主張としては、「障害がある」という理由だけで自由を奪うのは差別であり、直ちにやめるべきというもの。しかし、今回の改正では、「入院期間を短くする」「外部の支援員を入れる」という運用の見直しにとどまり、医療保護入院制度の根本的な転換には至っていません。


障害者権利条約と国連勧告は、日本の福祉や医療のあり方を根底から見直すよう迫っています。特に精神障害者の権利擁護は、法律の専門家や医療従事者だけの問題ではありません。

「精神障害がある人は危険だから隔離しても仕方ない」という無意識の偏見が、社会の中にないでしょうか?


条約が目指すのは、障害の有無にかかわらず、誰もが尊厳を持って生きられる社会です。まずはこの現状を知り、議論に関心を持つことが、社会を変える第一歩になります。

 
 
 

コメント


bottom of page