top of page

精神科の包括ケアへの提言

日本の精神科病院の歴史

日本の精神医療は、長らく統合失調症の入院治療を中心に据えてきました。統合失調症は、現実的な思考が困難になる思考障害や、認知機能障害(認知症や知的障害に類似した症状)を伴い、判断能力が低下することがあります。そのため、一部の統合失調症患者は自身で入院の必要性を判断できないとされ、精神科病院への強制入院(非自発的入院)が行われてきました。

 

この歴史から、日本の精神医療には以下の2つの特徴が見えてきます。

  1. 統合失調症に特化していること

  2. 入院が中心であること

精神疾患は多種多様であるのにもかかわらず、日本の医療資源が統合失調症に一極集中するとは、あまりにバランスを欠いています。

 

また、強制入院は個人の自由と権利を奪いますので必要最小限にとどめるべきです。たとえば、強い興奮状態から他者を脅かす場合など、どうしても入院が必要な場合もあるでしょう。しかし、必ずしも必要ではない入院が行われている現状は問題です。たとえば、介護や生活支援を目的とした長期入院(いわゆる「社会的入院」)は、明らかに過剰な対応といえます。

強制入院による人権侵害について詳しく知りたい人は日本弁護士連合会の「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を参照して下さい。

包括ケアにより入院を予防すべき

こうした状況を改善する手段として、統合失調症の包括ケアが注目されています。これは、患者が自宅やグループホームで暮らしながら、医療や障害福祉サービスを受ける仕組みです。これにより、不必要な社会的入院を削減することができます。また、包括ケアには、心理社会的治療により精神状態を安定させて入院の必要性を減らすメリットもあります。

日本の行政は、精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(略して「にも包括」)という名称の包括ケアを推奨しています。しかし、行政は「にも包括」と精神科救急を結びつけてしまっています。たとえば、令和6年度の診療報酬改定では、精神科地域包括ケア病棟入院料が新設されました。これは包括ケアにより退院を促進するメリットがある一方で、精神科救急医療に参画しなければ精神科地域包括ケア病棟入院料を算定できないという条件がつけられました。これでは、精神科地域包括ケア病棟を作るために、精神科救急を増やすことにつながります。

精神科救急の主な構造は、精神科病院への強制入院システムです。このように包括ケアを精神科救急に結び付ければ、包括ケアを始めるために強制入院が増えるリスクがあります。本来、包括ケアは入院を減らす目的を持つのに、包括ケアにより強制入院を促進する構造が形成されつつある点には矛盾があります。強制入院は人権擁護の観点から、必要最小限にまで抑制すべきです。そして、包括ケアは強制入院を減らす手段として用いるべきです。

精神科病院の経営問題

近年、精神科病院の経営は悪化しており、病棟を閉鎖したり、雇用を減らしたりと規模を縮小しています。また、倒産する精神科病院もあります。精神科病院としては、経営悪化や倒産を避けるために入院患者数を増やす必要があります。その結果、精神科病院から、本来入院が不要な人に入院を勧めたり、患者の家族へ強制入院の提案が行われることがあります。

 

もしも、精神科病院が包括ケアの中心となれば、経営的な理由から、包括ケアが入院促進に利用されるリスクが高まります。たとえば、精神科病院がグループホームや訪問看護などの障害福祉サービスを運営すると、こうした障害福祉サービスの職員が、経営母体となる精神科病院の収益を増やすために、患者やその家族に入院を促す可能性があります。精神科病院としては、倒産を避けるための当然の営業努力だと考えるかもしれませんが、患者の立場からすれば、不要に移動の自由を奪われる、人権侵害のリスクをはらみます。

一部の精神科病院は、入院を減らすために包括ケアを推進しているかもしれません。それは倫理的に素晴らしいことですが、経営悪化・倒産のリスクを負ってまで入院を減らそうとする精神科病院は少数派でしょう。精神科病院と包括ケアが利益一体構造である限り、不要な入院は減りにくく、包括ケアの本来のメリットが損なわれてしまうのです。

精神科病院と障害福祉サービスの利益供与構造を規制すべき

本サイトでは、包括ケアのシステムを構築する上で、障害福祉サービスと精神科病院とを、利益構造において分離すべきだと提言します。障害福祉サービスと精神科病院が、同じ医療法人により運営されるような利益一体構造は規制すべきです。そのために、障害福祉サービスと精神科病院は適度な距離感を保つことが重要であると考えます。これには調剤薬局と医療機関の関係が参考になると思います。調剤薬局は、医療機関と一体的な経営を行ったり、医療機関と利益を供与してはならないと定められています。一方で、調剤薬局は、医療機関と情報共有して連携することを求められています。このように、利益構造を分離した上で連携させる手段は、精神医療の包括ケアにおいても参考になります。

厳格に規制するなら、精神科病院を運営する医療法人は障害福祉サービスを運営できないと法律で定める方法があります。しかし、すでに多くの医療法人が精神科病院と障害福祉サービスを一緒に運営しているため、これを撤廃するのは現実的に難しいかもしれません。

 

もっと規制を緩和するとしても、せめて利益供与の周知を義務づけるべきでしょう。特定の精神科病院と利益供与のある施設は、ホームページや施設内の掲示等で、その事実を公表すべきです。患者が精神科病院と施設との利益供与の事実を知った上で、その施設を選ぶのであれば、公正・公平と言えます。

本サイトでは、包括ケアを精神科病院の存続のために利用せず、統合失調症の方々の不要な入院を減らし、移動の自由や人権を守るために包括ケアを活用することを強く望みます。

統合失調症に偏らず全ての精神疾患に対応すべき

包括ケアが、統合失調症に集中することも見直すべきです。精神疾患には、うつ病、不安症、強迫性障害など様々なものがあります。広く見れば、自閉症スペクトラム障害、ADHDなどの発達障害も精神疾患に含まれます。たとえば、就労支援の障害福祉サービスは、多くの精神疾患に対応しています。このように、社会として、全ての精神疾患に対応した包括ケアを構築すべきです。

​本サイトでは、全ての精神疾患に対応した幅広い包括ケアを推奨していきます。

bottom of page